メインコンテンツへスキップ

現在地 ホーム 組織別インデックス 教育部 文化・スポーツ課 藤原実方の墓(実方塚)

藤原実方の墓(実方塚)

藤原実方朝臣の墓について

藤原実方の墓(実方塚)写真
 藤原実方朝臣は、摂関家の流れをくむ由緒のある家柄に生まれ、平安時代の中頃(990年頃、)花山・一条天皇に仕えた公家で、中古三十六歌仙の一人に数えられ、美しい容姿をそなえた貴公子として知られています。
  特に和歌の才能に優れていましたが、殿上で三蹟の一人に上げられる藤原行成とのいざこざで、一条天皇より「歌枕を見てまいれ」と陸奥国守に左遷され、陸奥の地に下りました。

 
 ある日、藤原実方が出羽国阿古屋の松を訪ねた帰り、佐具叡神社(延喜式内社)前を通る際に、村人より「霊験あらたかな神様なので馬から下りて通るよう に」と言われましたが、それを無視し馬に乗りながら過ぎようとしたため神罰が下って落馬し、そのケガがもとでこの地で亡くなったと伝えられています。
 後世、この貴公子の悲運の死を哀悼し、西行法師がこの地を訪れ「朽ちもせぬその名ばかりを留めておきて、枯野のすすきかたみにぞ見る」と唄い、松尾芭蕉は奥の細道で「笠島はいずこ五月のぬかり道」と一句詠んでいます。現在でも、歌人たちによる献句などが行われています。
 また、墓の傍らには、実方の歌碑(桜狩り・・・)、西行法師の歌碑があり、参道入口には、松(しょう)洞(どう)馬(ば)年(ねん)の草鞋(わらじ)塚(づか)碑、芭蕉の句碑などがあります。
 ※延喜式内社=記念祭に天皇から延喜5年(905)~延長5年(927)に編纂された延喜式に記載された全国2,861の神社で、佐具叡神社は名取郡に二つ在った式内社の一つ。

交通案内

  • JR名取駅から約3.5km
  • バス
アクセスマップ

部署名:教育部文化・スポーツ課
▼文化振興係、文化財係、スポーツ振興係
〒981-1292 名取市増田字柳田80
電話:022-384-2111