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佐倍乃神社本殿とタラヨウ木

更新日:2023年11月8日更新 印刷ページ表示

今後の登録文化財候補

今後の登録文化財候補 佐倍乃神社本殿とタラヨウの木 さえのじんじゃほんでんとたらようのき

佐倍乃神社本殿とタラヨウの木の画像

タラヨウの木

 直径約80cm、樹高約20mである。樹冠はほぼ円錐状で丸く、枝葉繁盛し樹勢は盛んで、北限地帯の巨木として珍しい。
 なお、北限の宮城県指定塩竃神社のタラヨウは、地際から東西の二大幹(東幹2.36m、西幹2.29m)に分かれているのに対して、佐倍乃神社のタラヨウは樹幹が一本でまっすぐ伸びている。

佐倍乃神社本殿

 道祖神社のことを「さえのかみ」という。江戸時代には道祖神社と称されていたが、明治7年(1874)古称の「佐倍乃神社」に改称する。
 社伝によれば、佐倍乃神社(道祖神)の祭神は、猿田彦大神、天細女命を祀るが、慶長7年(1602)の野火で宮社と古文書類を焼失したことから詳細は不明である。
 江戸時代の『安永風土記書出』に本殿は三間二間、拝殿は五間三間、長床は五間二間と記されている。本殿は、三間社流造、スレート葺(もと茅葺)、棟に千木、勝魚木。土台はなく礎石に建つ。軸部は円柱に頭貫、内法長押、切目長押、板壁。中央に板扉、左右の間は引違の横桟板戸。内部の内陣3間も同巧。三方に縁、脇障子。前面3間向拝、向拝との繋ぎは海老虹梁。手挟あり。軒は二軒繁垂木、軒支輪のある二手先。妻飾は二重虹梁、大瓶束で中央に蟇股、また中備に蟇股。なお本殿棟札に「正殿造営寛政三年」(1791)とあり、8代藩主伊達斉村の寄進とある。本殿は江戸後期の遺構である。